ペンギンになって考える

イヌに喰われたペンギンの身にもなってみろ

疫病

 世界中で疫病が流行っていた。世の中は大混乱に陥り、人々は心身共に疲弊していた。

 疫病が流行って二年が経つころ、あるベンチャー会社が新薬の開発に成功した。この薬は、疫病に大いに有効であった。

 その薬のおかげで、人々は救われた。見えない疫病源と戦う日々。ヒトとの接触さえも許されなかった日々からようやく解放されたのだ。

 世界中が戻ってきた日常を噛み締めた。

 

「棚戸くん、新薬が開発できたのもキミのおかげだよ。キミが地球のヒーローと言っても過言ではない。多くの命を救ったのだ」

 

 昼下がりの社長室に、明るい声が響く。新薬を開発した社長が、白衣ではなく黒衣を着ている若者を讃えていた。

 棚戸という名の若者は、新薬開発の主軸を担うチームのリーダーであった。

 棚戸は、その会社に二年と半年前にやってきた。その一ヶ月後に、新型のウイルスがある国で発見された。その後、半年間かけ疫病は世界中に蔓延し、人々を苦しめた。

 社長は新型のウイルスが発見された際に、すぐに新薬開発の命令を社員たちに下した。それが功を奏して、どの製薬会社よりも早く新薬開発に成功したのだ。

 

 しかし、この裏には棚戸の助言があった。棚戸は、入社してすぐに社長に直訴していた。

 

「このウイルスを見てください。これが流行ったら、どうなるか分かりますよね?今すぐにでも、こいつに有効な薬を開発するべきだ」

 

 棚戸は、作成した資料を見せながら、社長に演説した。だが、社長は半信半疑だった。

 棚戸の言うように、このウイルスが流行したら大変なことになる。しかし、肝心な根拠が薄い。どこに、こんなウイルスが存在するのだろうか。既存のウイルスが突然変異しても、こんな脅威的な形質にはならない。

 棚戸は、来る日も来る日も社長室に来ては、社長を説得し続けた。まるで、未知のウイルスに対する薬を開発するがために、この会社に入社したようだった。

 社長は、段々と苛立ちを感じていた。

 

「変わったやつだ。ただでさえ、人手が足りてないのに、これ以上無駄な時間を使わないでくれ。それと会社指定の白衣を着てくれ。黒衣だと目立ってしょうがない」

 

 しかし、棚戸の言う通りのウイルスが発見されることとなる。世界中の学者が驚いた。こんなウイルス、どこに潜伏していたのだろうか。

 一番、驚いたのは社長だった。まるで、棚戸は予言者だ。

 社長は、社内で一番新型ウイルスに詳しいであろう棚戸に、開発チームのリーダーを任せた。そして、棚戸は本当に新薬を作り出してしまった。

 もはや、棚戸は神の領域だった。

 

 世の中は落ち着きを取り戻したが、社長は更に忙しくなった。名が売れたのだ。

 夜の十時、会議を終えた社長が帰ろうとしたところ、一人の社員が机に向かって熱心に本を読んでいた。社長は、その社員に近づくと棚戸であることが判明した。

 

「棚戸くん、キミは真面目だ。こんな時も勉強だなんて」

 

「社長、これも人類のためです。いや、結局は我々のためにもなります」

 

 なんて真面目なやつなんだ。社長は感心し、気持ち良く帰路に着いた。

 翌朝、社長は誰よりも早く会社へ向かう。しかし、昨夜と同じ場所に棚戸が座っていた。しかも、本を読んでいる。

 

「棚戸くん、また本を読んでいるのかね。それも、経済本を。まさか、夜通し読んでいた訳じゃなかろうな」 

 

「もう朝でしたか。気付かなかった」

 

 社長は冗談で言ったつもりだったが、すぐに真顔になった。

 

「棚戸くん、今日は帰ったらどうだ。寝なければ、いい仕事も出来ないぞ」

 

「心配いりませんよ。私は、寝る必要がないので」

 

「何を言ってるんだ、キミは。人間、寝なければ死んでしまう」

 

「その点も心配いりません。私、神なので」

 

 棚戸は笑いながら、そう言った。たしかに、神業を見せてきた棚戸だが、幾らなんでも傲慢だろうと社長は思った。

 それから、何日も連続して棚戸が本を読んでいる姿を見かけた。しかも、同じ場所でだ。棚戸は、一度も帰らずに本を読み続けているのだ。

 

「まさか、本当に寝ずに読み続けているのか?本を」

 

「えぇ、今度は大恐慌が来る。その前に、経済の知識を入れておこうと」

 

「また、予言か。キミは一体何者なのかね。私は、キミが人間だとは思えなくなってきた」

 

「ですから、社長。私は、神です。死の方のですが…」

 

 棚戸は黒衣のフードを被り、そう言った。まるで、死神だ。

 

「疫病神が調子にのって、人間界に新型ウイルスをばら撒いたんです。今度は、貧乏神だ。大不況になれば、自決する人も増えるでしょう」

 

 社長は、呆気に取られている。

 

「困るんですよ、人間たちが寿命を全うしてくれないと。我々の商売も上がったりだ。だから、新薬を開発したんです」

財源

 十一月の上旬、資産家たちの家に相次いで強盗が入った。銀行を信用しない資産家たちは、金庫を漁られ全額奪われていた。

 誰の犯行なのだろうか。刑事の加納は、考えていた。

 捜査を進めると、驚くことが判明した。強盗に入られた家は、警察が把握していた件数よりも多いのだ。つまり、一部は被害届を提出していないことになる。

 不思議だ。無一文になった資産家もいる。なのに、被害届を出さないなんて。

 加納は、鑑識課に向かった。同期の田中に、捜査状況を確認しに来たのだ。

 

「こいつは奇怪な事件だぜ、加納。どれも、二階から侵入してる。現場には、足跡ひとつすら残ってない」

 

「犯人は、空でも飛んでるというのか?」

 

「そう信じざるを得ないかもな」

 

 田中は、そう答えながらも笑っていた。笑うしか出来ないほど不可解な事件なのだ。

 被害届を提出した者への聞き込みは、大体を終えていた。誰も、犯人の姿を見ていないという。どれも、就寝時間を狙って犯行が行われていた。

 どのように、被害者の就寝時間を把握したのだろうか。

 加納は、被害届を提出しなかった者たちへの聞き込みを開始した。驚くことに、こちらは全員犯人を見たという。

 犯人の特徴を聞いても、誰も答えようとしない。口裏を合わせている訳でもないだろう。なぜだ。

 加納は、決まって彼らに同じ質問をした。

 

「なぜ、被害届を出さないのです?」

 

「キミは、子供の楽しみを奪いたいのか」

 

 答えは、いつもこうだった。

 少しの証拠も掴めないまま、年末になってしまった。

 足跡のない窃盗事件。二階から侵入している窃盗事件。一部が被害届を提出しない窃盗事件。加納は、こんな事件初めてだった。

 

 加納は、壁にかけてあるデジタル時計を見る。あっという間に、深夜であった。四桁の数字を見たあと、不意に下の日付が目が入る。十二月二五日。今日は、クリスマスだ。

 いつからだろう。クリスマスを娘と過ごさなくなったのは。加納は、急に罪悪感に苛まれた。今日は十分に働いた、と自分に言い聞かせ仕事を切り上げた。

 スーパーカブに乗って、加納は家に帰った。その途中、空に何かを見たような気がした。横に、すーっと飛んでいくような何かが。

 いよいよ、疲れでアタマが逝ってしまったか。加納は、自分の老いに失望した。

 三十分ほどで、娘が待つマンションへ着いた。待つとは言っても、娘は寝ているだろう。

 加納は家の扉に立ち、鍵を開ける。その瞬間、奥の部屋から風が吹き抜ける。寒い。いや、おかしい。娘は寒がりだから、部屋は閉め切ってるはずだ。

 誰かがいるのか……?

 しかし、そんなことはあるはずがない。なぜなら、ここは五階だ。オートロックで、セキリュティは強固なはずだ。ヒトが侵入できる訳がない。

 そんなことを考えると、奥の部屋から物音がするではないか。加納は、玄関で一気に警戒状態になる。

 誰かがいる。そう思った瞬間、加納は奥の部屋と駆け込んだ。娘が危ない。

 

 加納が奥の部屋に入ると、ひとりの大男が立っていた。真っ暗な部屋に、シルエットが浮かび上がる。

 巨漢。顔まわりは毛むくじゃら。暗闇から分かる、赤色のローブ。

 

「サンタクロース……?」

 

 加納は、思ったことを口にした。大男は、ゆっくりと加納の方を見た。そして、右手の人差し指を立て、唇にくっ付けた。娘を起こすまいとしているのだろうか。

 

「どうやって、この部屋に……」

 

 加納は、単純な疑問をぶつけた。そうすると、その大男は、開いている窓を指差す。その奥には、大きなソリと大量のプレゼントボックス。前には、トナカイが二頭。ソリもトナカイもホバークラフトのように浮いている。

 

「まさか、本当に……」

 

 本当にサンタクロースがいたなんて……加納は、頭を無理矢理働かせる。

 ふと、気づいた。サンタクロースが実在するなら、今までの窃盗事件は現実的となる。

 いや、サンタクロースしかなし得ない事件。

 

「私は、魔法使いではありません」

 

 サンタクロースが、不意に独り言を話す。

 

「だから、プレゼントを子どもたちにあげるにもお金が必要です」

 

 罪の告白。サンタクロースは、加納に自白したのだ。でも、なぜ加納が刑事だと知っているのだろうか。

 

「要望通り、プレゼントを届けるには、ヒトの心を読まなければ成り立ちませんよ」

 

 読心術。加納は、これを夢だと信じたかった。

 

「それでは……」

 

 そういうと、サンタクロースは窓を飛び越え、空に飛んでしまった。

 加納には、それが魔法なのかどうか区別が付かなかった。

 

 

記憶忘却装置

 「私、あなたのこと知らないので…」

 

 トイレから帰ってきた奈々美は、ずっと様子がおかしかった。俺とレストランで一緒に食事をしていることが、よっぽど怖かったのだろうか。慄いた顔で、急いで出て行ってしまった。

 俺は、奈々美にフラれた。一年付き合って、結婚を申し出たのに。プロポーズの返答はノーでもなく、あなたのことを知らないだった。

 

「拓也、久しぶりだね」

 

 ショックで顔を埋めていた俺に、声が掛かる。この声は、夏美……?

 

「どうしたの、そんな浮かない顔して。というか、偶然見かけたからビックリしたよ」

 

 夏美は、いつもの調子で明るく話しかけてくれた。大海の底へ沈んだ俺の心に、光が差す。

 

「おれ、奈々美にフラれたんだ。今さっきね……」

 

 そうだったのと言って、夏美は俺の対面へ腰をかけた。奈々美が座っていた席に。夏美は、他愛のない話を始める。俺にとっては、これが大きな救いだった。

 

 

 奈々美と夏美とは、学生時代のバイト仲間だった。卒業後も、二人とは仲良くしていた。そのうち、奈々美とは個別に遊ぶようになり、カップルとなった。

 それからというものの、夏美とは連絡も疎遠になってしまった。

 

 

 気づけば、夏美と二時間ほど話していた。見たい映画も一致し、また会うことを約束した。

 

 

 それから、一年半後。俺は、夏美に結婚を申し出ようとしていた。

 クリスマスの夜。夏美をレストランに呼び出し、俺は夏美にプロポーズをした。しかし、夏美は下を向いたまま、何かを考えている。俺は、また失敗したのだろうか。トラウマが蘇る。

 

「私、あなたに言わなければいけないことがあるの」

 

 意を決したように夏美は顔を上げ、俺にそう言った。

 

「あなたが、奈々美にプロポーズした日。実は、記憶忘却装置を奈々美に使ったの。私、ずっと拓也のことが好きだった。でも、拓也が奈々美にプロポーズすると知って……奈々美がトイレに行ったときに、使ってしまったの」

 

 

 記憶忘却装置。懐かしい響きだ。五年前ほどに、とある会社が記憶忘却装置というものを開発した。名前の通り、ヒトの記憶を忘れさせることが出来た。

 その装置は、ボールペンのような細長いボディだった。しかも使用方法は簡単で、時間をダイヤルで調節し、ボタンを押すだけ。ボタンを押した瞬間に、フラッシュが焚かれる。そのフラッシュを見た人が、その瞬間より前の設定された時間分を忘れてしまうのだ。さらに、分単位から最長二十年まで設定できた代物だ。

 当初は、軍事目的で開発された。しかし、その利便性から一般に流通するようになった。一般と言っても、持ち主は金持ちか特殊な職業ばかりだった。

 そのため装置は、良いように使われなかった。例えば、死体を運搬するにも運転手の記憶を消してしまえば、情報漏洩のリスクは少ない。装置は、犯罪目的で使われることが多かった。

 当時の政府は、すぐさま装置の製造や所有の禁止をした。ましてや、一般人が持っているはずもなかったので、奈々美のときにはそれが使われたという発想が思い付かなかった。

 

 

 俺は涙を浮かべる夏美に、なぜそれを持っていたのかと聞いた。

 

「お父さんが、開発担当だったの……」

 

 今にも消えそうな声で、夏美は答えた。

 しばらくの沈黙の後、俺は夏美に改めて求婚した。今の俺に必要なのは、夏美と過ごした記憶だ。そしてこれからも、夏美と過ごしたい。奈々美には申し訳ないが、夏美との将来を選んだ。

 夏美の返答は、俺を知らないではなく、イエスだった。

 

 

 それから、五年後。俺たちは、娘と三人で暮らしていた。幸せな日々。毎日を夏美と一緒に噛み締めていた。

 

「今年は、三人で大掃除をしましょう」

 

 夏美が、笑顔でそう言った。娘も、もう三歳だ。そろそろ、倉庫の片付けなどを一緒にしたい。

 大掃除当日。倉庫の中で、三人は会話が絶えなかった。手よりも口が動く。だが、それでいいのだ。これが幸せそのものじゃないか。

 

「パパー!なにこれー!?」

 

 娘が、ボールペンのようなものを持ってこっちに来た。

 まさか、それは……!なにかと怖くて捨てていられなかった装置……!

 ダイヤルが最大限に回ってることを確認した瞬間、娘はボタンを押した。

 

 

 気がつくと、俺はどこかの家にいた。学校に行かなければいけないのに、俺はどこにいるんだ。

 当たりを見回すと、女ーーというか、おばさんーーが、俺の名前を呼びながら肩を揺らしてくる。なんで、俺の名前を知ってるんだ。きみが悪い。

 覚えのない女と女児の声が、俺の頭に響いていた。

 

 

北風と太陽 ザ リベンジ

『一人のサラリーマンが、一本道を歩いています。

 

「もう十一月か……寒くなってきたな」

 

 男は買ったばかりの、コートを羽織り次の営業先へと向かいます。

 そうすると、ものすごい勢いの北風が、サラリーマンに向かって吹き荒れます。

 

「うっわっ!!さっむ!!」

 

 男は、襟を立てて叫びます。その叫びを掻き消すかのように、北風は吹き続けました。

 

「なんだってんだよ!異常気象かっ!!」

 

 男は、コートのボタンをしっかりと襟元までかけて、再び叫びました。まるで、昨日上司に怒鳴られた記憶を投げ捨てるかのように。

 サラリーマンがコートのボタンを全て留め終えると、北風が急に吹き止んでしまいました。

 

 しばらくすると、サラリーマンに向けてぽかぽかと温かい日差しが、なげかかります。

 

「きたきたきた!!おれの時代がっ!!」

 

 温かさに感動したサラリーマンは、またも叫びました。嫌な上司が左遷されたときのように。

 その感動も束の間、どんどんドンドン気温が上昇します。

 

「待て待て待てっ!今度は暑すぎやしないか!」

 

 気温の変化はジェットコースターでも、サラリーマンのテンションは流れる水のように、一定です。

 サラリーマンは、ふと気づきました。

 

「このシチュエーション、どっかで……」

 

 アタマの中に雷が落ちます。

 

「これはっ!童話の北風と太陽だっ!」

 

 捻くれ者のサラリーマン。こんなことを思います。

 

「おれは、負けねえ。このコート、五万もしたんだぜ。それを腕に掛けて持って歩こうなんて……こんな屈辱あるかよ」

 

 気温は更に上がり、観測史上最高気温に。だけども、サラリーマンはコートを脱ぎません。

 そうすると、空から大きな地割れのような声が響き渡りました。

 

「ちょ、スタッフ?台本と違うんだけど。百年前の時みたいに上手くやってくれないとさ……困るんだよね……」

 

 サラリーマンは、空を見上げました。なんと、大きな大きな太陽が喋ってるではありませんか。

 

「太陽が喋ってる……めちゃくちゃデカいじゃん、目も口も。てか、あれ出来レースかよっ!」

 

「ちょ、もう帰るわ。この企画中止で。こっちの事務所も然るべき対応しますので、覚悟しといてね」

 

「太陽性格わっる!太陽が帰るってどこに帰るんだよ!」

 

 急に当たりが暗くなります。時計を見ても、まだ午後三時。暗くなるには、早すぎました。

 しかし、その暗さによってサラリーマンは勝ちを確信します。

 

「おれは、自然現象に勝ったんだ……」

 

 ガッツポーズをして、サラリーマンは営業先へと足を運ぶのでした。

 

 おしまい』

 

「ママ、この話私の知ってるのと違う!」

 

 娘は、読み聞かせを終えた母親に言い放ちます。母親は、ベットに横たわり天井を見ながら答えます。

 

「当然よ、お母さんのオリジナルなんだから」

 

「ちっとも、面白くなかったわ。この話」

 

 真っ暗な部屋で、寝転ぶ二人。今日の読み聞かせは、失敗に終わったようです。

 

「ママ、なんで北風は無口だったの?」

 

 娘は、未完成であろう話の欠点を見つけ指摘します。

 

「北風は、空気だから人間に見えなくて当然なのよ」

 

 母親は、答えになっているか分からないことを言って切り抜けます。

 

「ママ、童話には教訓っていうのがあるって聞いたわ。今日の話の教訓ってのはなに?」

 

 娘は、つまらない話を聞かされて怒っているのでしょう。荒削りで未完成な童話に、指摘を続けます。

 

「元々は、厳罰よりも寛容的に対応する方が良いって教訓なのよね。だけどお母さん、あの話嫌いなのよ」

 

 母親は、指摘を避けつつも話を続けます。

 

「だって、一番可哀想なのは旅人じゃない?しょうもない戦いに勝手に巻き込まれて、コートを脱がされて……最終的には、当事者の太陽までに感謝している。なにも悪くないのに、罰を受けて感謝してってあんまりだと思わない?」

 

 母親は、まだまだ話を続けます。

 

「これこそが、社会の構図ですって感じで嫌なのよね。だから、お母さんは理不尽を受けた人が、最終的に気持ち良く終われるようにしたかったのよ」

 

 と、話を終えると沈黙が始まります。どうやら、娘は寝てしまったようです。

 お母さんは、思いがけない方法で寝かしつけることに成功しましたとさ。

 めでたし。めでたし。

密室の作り方

「あいつを……殺さなければ……」

 

 道平は、親戚を酷く憎んでいた。父の弟であるその親戚は、家族を破滅と追いやった。血が繋がっているからと言って、父からカネを掠め取り、また無くなれば掠め取る。

 そのカネがギャンブルに吸い込まれていると知ったときには、父は死に、母は病に伏せていた。大学生であった道平は学校を辞め、辛うじてアルバイトで生活をしている。

 あの親戚を殺さなければ、道平は気が済まないのだ。

 

 だが、道平は親戚の殺し方を思いつかない。当然ながら、殺人については素人なのだ。殺人についての専門家がいればいいのだが……

 道平はそんなことを考えていると、ひとりの男を思いついた。学生時代に所属していたミステリー小説サークル。その中でも、特質的な変人。

 

「大貫か……」

 

 思い立ったら吉日。道平は、大貫に電話をかける。執筆のためなら、授業をサボるくらいだ。どうせ、この時間もトリックを生み出すのに苦労しているはずだ。

 長めの着信音が鳴ったあと、大貫の声がスマホから聞こえた。

 

「どうしたんだ、道平。キミから電話なんて、久しぶりだね」

 

 大貫とは、昔から仲良かった。道平と大貫は、親友だったのだ。しかし、学校を辞めてからというものの、道平は連絡できずにいた。

 

「親戚でも、殺したくなったかい」

 

 久しぶりの後続が、この言葉とは大貫らしい。この察しの良さは、度々道平を救ってきた。

 

「……現実的な殺人方法を知らないか」

 

 道平は、少し誤魔化しながら答えた。

 

「僕に相談するということは、誰にもバレたくないんだろう。キミには、養うべきヒトもいるからね。それを比べれば多少リスクが大きいような気がする……」

 

 大貫は独り言のように、話している。

 

「だが、まあ良いだろ。以前、キミにはチカラを貸すと約束したからね。殺し方か……まあ、密室だろうな」

 

「密室か。部屋に閉じ込めてしまうのが、一番簡単でいいよな」

 

「ダメだ。華がない。某有名な漫画では、密室を作るのにカセットテープとボールペンを用いた。このように、奇想天外なトリックが欲しいんだよ」

 

「華がないって……おれは、殺せればいいんだ」

 

「華があるってことは、バレないことにも繋がるんだぞ。あんな親戚が死んだら、まず疑われるのはキミだろう。だからこそ、トリックに華が必要だ。留置所に行かないためにもね」

 

 大貫の話にも、一理ある。サークル屈指の実力派のチカラを借りれば、捕まらずに済むかもしれない。道平は、そう思ってた。

 

「キミ、特殊性癖は?生足やパンプスが大好きとか。看護師の鎖骨に萌えるとか」

 

「あるわけないだろ!!」

 

「まあ、無いほうがいいな。あれは、猟奇的で面白いのだが、諸刃の剣だ」

 

「おい、大貫!俺は、お前の小説の手伝いをしてるわけじゃないんだぞ。真面目に考えてくれ」

 

 道平は、少し苛立った。しかし、そのすぐに自分の立場を理解し静かになった。今は、大貫を頼るしかない。

 

「なるほど……王道でも良いわけか」

 

 少しの静黙の後、大貫はそう言った。

 

「キミも合宿に来ないか?僕の親戚所有の無人島で執筆合宿をやるんだ。そこで、方法については話し合おう。もちろん二人っきりで、だが…」

 

 執筆合宿。懐かしい響きだ。

 ユリコが亡くなって以来、はじめての開催だ。

 道平がまだ学生だったころ、事件は起きた。サークルの飲み会中、急性アルコール中毒でユリコが死んだ。

 大貫は、ユリコと仲が良かった。しかし、その当日は所用で参加していない。大貫の絶望した姿を、今でも道平は忘れられなかった。

 あれは、事故だ。仕方がない。道平は、自分にそう言い聞かせた。

 親戚所有の無人島は、もちろん電波が届かない。ただ一つの館には個室もあって、そこで執筆に集中する。いかにも、誰かが殺されそうなシチュエーションだ。

 

「分かった。久しぶりに参加してみようかな……」

 

 道平は、そこに行ったことがあった。以前のサークルメンバーに会えるのも、楽しみだ。

 なによりも嬉しいのは、ユリコの死から大貫が前向きになれていることだった。

 そこから、少し思い出話に二人は浸っていた。

 

「また詳細が決まったら、連絡する」

 

「ありがとう、大貫。俺は、お前に感謝してもしきれないな」

 

「まだ実行もしてないのに、辞めてくれ」

 

 大貫は、笑いながら電話を切った。そして、スマホを机に置いて、こう呟いた。

 

「さぁ、王道ミステリーの始まりだ。僕は、キミたちを許さない。大事なユリコを殺したキミたちを……」

 

 大貫の前には、館の間取りが広がっていた。

識別

 巨人に支配された世界。

 人類は巨人を駆逐すべく、日々奮闘していた。

 ある日、生物学の巨匠でもある博士Aが会見を開くという。人類を救うべきテクノロジーが、発表されるとして人々は大きな期待を寄せた。メディアも総動員で、会見に臨んだ。

 

「我々、〇〇大学研究チームは人類の希望となる技術の開発に成功しました」

 

 博士Aは、そう言った。その直後に、会場は響めき拍手の嵐となる。人々の予想通りだ。生中継も行われ、テレビの前でも拍手が起きた。

 

「私たちは、人間の血液からクローンを生成することに成功したのです」

 

 博士は、ツラツラと研究背景や成果を述べた。

 一般的に、クローンには体細胞が用いられる。無性生殖であるから、同じ遺伝情報を持つ。そのため、元の個体と全く同様な見た目で、新たな個体が生成されるのだ。

 博士が言うには、血液を用いれば大量かつ迅速にクローン生成が出来るらしい。細かな技術等に関しては、企業秘密的なところがあるので教えてくれなかった。

 博士の考えた得策とは、戦闘に備えて頭数を増やすことだった。ある意味、非人道的ではある。クローンであれば、その命は軽視できると考えているようだ。

 これは、人権団体が黙っていないぞ。しかしその一方で、そんなことも言ってられないのも事実だった。

 巨人は、人類の生活圏へ侵蝕し続けている。人間の十倍以上もの、背丈がある。その分、多くの住処が必要なのだ。あと五年もすれば、人類の住処は三割以下になるという報告もあった。

 巨人は、突然現れた。その起源を、未だに人類は解き明かせずにいる。

 もう時間は、ないのだ。だから皆、博士Aの会見に関心を寄せていたのである。

 

 博士が一通り説明を終えた。記者団の質問時間が始まる。

 

「博士、なぜクローンなのでしょうか。我々人類は、一致団結して戦ってまいりました。しかし現状は、何も変わっておりません。あんなにも、世界各国から動員したのにも関わらず……」

 

 確かに、巨人が出没してからは世界が一致団結した。各国の軍隊が国連軍に加入し、世界で唯一の対巨人用の軍隊を作り上げたのだ。

 しかし、その団結も虚しいものだった。何も成果を得られず、悪戯にヒトが亡くなった。百万を超えたとき、人類はその数を数えるのを辞めてしまった。

 

「今さら、動員数を増やしたところで何の意味があるのでしょうか……」

 

 記者は、そう最後に付け足して質問を終えた。会見場の空気が、一気に重くなる。クローンと聞いて、その記者は絶望したのかもしれない。いや、大多数が同じ気持ち、同じ疑問を持っているはずだ。

 

「良い質問です」

 

 博士は、笑った。まるで、その質問を待っていたかのように。

 

「動員数を増やすのは、真の目的ではありません。我々は、巨人を混乱させることが目的なのです」

 

 巨人を混乱させる。どういうことなのだろうか。

 

「巨人は、人類と同様な感情を持っているとの報告があります。つまり、巨人も恐怖を感じるということです。恐怖感情を用いれば、巨人を混乱させることも可能でしょう。その隙に、我々は攻撃を仕掛けるのです」

 

 博士Aは、得意顔で説明を続ける。

 

「人間は、恐怖を抱くとパフォーマンスが十分の一以下になると言われております。つまり、人間と同様の感情を持っている巨人にも言えることなのです」

 

 巨人に恐怖を抱かせることで、行動能力を落とさせる。巨人は、つむじが弱点だ。動きを鈍らせれば、そのつむじを狙うことは簡単になる。恐怖は巨人を駆逐するのに、持ってこいということか。

 

「クローン。すなわち、同じ個体が目の前に現れたらどうでしょう。しかも、大量にだ。実証実験を行ったところ、人類はクローンに対して恐怖を覚えることが判明しました。つまり……」

 

 そこまで、博士Aが言うと会場は再び拍手の嵐に包まれた。人間がクローンに対して恐怖を覚えるなら、巨人も同様に決まっている。人類は、小さいかもしれないが新たな希望が生まれたと確信していた。ただ、一人を除いては。

 

「その作戦に、効果はないだろう」

 

 宿敵でもある博士Bが、立ち上がってそう言った。

 会場が、どよめく。

 

「だって、キミたちは蟻んこの識別が出来るのか?蟻んこが、同じ顔かどうかなんて気にしたことなかったろう」

 

 

鬼の逆襲

 なあ、頼むよ。島の皆んなを助けてくれ。

 おまえさんのチカラが必要なんだ。

 あいつらに復讐したいんだ。おれは……

 

 もう、五年も前の話しだ。あいつらは、突然やってきた。俺たちはさ、こんな見た目をしてるけど、来客を突然襲ったりはしないぜ。

 島に来客なんて珍しかったから、大将自ら歓迎したんだ。そしたらヤツがよう、いきなり大将を斬りつけやがった。

 俺たちは、パニックさ。いきなり、大将が斬り殺された。その後も、あいつらは……目に入った島民たちを無差別に……

 子どもや女どもを、急いで隠したさ。島の男たちは、あいらと闘った。それでも、あいつらは強かった。ほとんどが、死んでしまったさ。

 おれ、怖かった。島の皆んなが、死んでくんだ。目の前で……おれは、何も出来なかった。隠れることしか……

 

 これは、復讐だ。おれたちが何をしたってんだ……!

 島の皆んなはさ、商いが上手かったんだよ。海も近いから、サカナも漁れたし、農業も困らなかった。

 だからさ、それなりに島は富んでた。金銀財宝。他の国が羨むのも、分からなくはない。

 

 だからって、あいつらは勘違いしたんだ。あいつらは、俺たちが他から掠め取ったと思ってたんだ。おれたちを、いかめしい悪だと決めつけてたんだ。

 

 いま考えれば、あいつも可哀想なやつだよな。産まれたときから、戦闘のために稽古だ。物心ついたときには、相撲じゃ負けなしだったらしい。

 その代わり、あいつはアタマが弱い。ろくな教育を、受けてこなかったからな。

 だからこそ、おれたちが窃盗してるところを見てないくせに……おれたちを悪だって、決めつけることが出来たんだよ。

 全ての元凶は、あいつの育て親だ。あいつを殺戮マシンとして、育てたんだから。

 あいつの手下も、相当な馬鹿だぜ?だってさ、団子ひとつで言いなりになるんだからよ……

 まあ、あのババアが作った団子だ。何が入ってるかは分からん。

 

 あいつらって誰のこと言ってんのかって?

 そうか、まだ名前を言ってなかったよな。聞いて、驚くぜ。今じゃ、有名人さ。

 

 "桃太郎"御一行だよ。

 

 なあ、頼むよ。おまえさんしか、頼るやつがいねぇだよ……

 桃太郎とババアだけでいい……!

 ジジイは死んでしまったからな。本当は、おれがこの手で殺したかったさ。だけど、ここはプロに任せるよ。確実に、あいつらを葬りたいんだ……

 

 おれたちの財産を奪って、あいつは今じゃ大富豪さ。村の長になってる。だから、ババアは一人暮らしさ。

 まずは、ババアを食ってくれ。おまえさん、その経験はあるんだろ?

 たまに、あいつはババアのところに帰ってくる。そのときは、ババアになりすませばいいさ。これも、おまえさんはその経験がある。

 あとは、油断したあいつも食うだけ。

 

 なあ、頼むよ……

 こんな適役、おまえさんしかいないんだよ……

 

 そう、あの子たちを食ったときみたいにやってくれればいいんだ。

 

 赤ずきんのときみたいに…