ペンギンになって考える

イヌに喰われたペンギンの身にもなってみろ

財源

 十一月の上旬、資産家たちの家に相次いで強盗が入った。銀行を信用しない資産家たちは、金庫を漁られ全額奪われていた。

 誰の犯行なのだろうか。刑事の加納は、考えていた。

 捜査を進めると、驚くことが判明した。強盗に入られた家は、警察が把握していた件数よりも多いのだ。つまり、一部は被害届を提出していないことになる。

 不思議だ。無一文になった資産家もいる。なのに、被害届を出さないなんて。

 加納は、鑑識課に向かった。同期の田中に、捜査状況を確認しに来たのだ。

 

「こいつは奇怪な事件だぜ、加納。どれも、二階から侵入してる。現場には、足跡ひとつすら残ってない」

 

「犯人は、空でも飛んでるというのか?」

 

「そう信じざるを得ないかもな」

 

 田中は、そう答えながらも笑っていた。笑うしか出来ないほど不可解な事件なのだ。

 被害届を提出した者への聞き込みは、大体を終えていた。誰も、犯人の姿を見ていないという。どれも、就寝時間を狙って犯行が行われていた。

 どのように、被害者の就寝時間を把握したのだろうか。

 加納は、被害届を提出しなかった者たちへの聞き込みを開始した。驚くことに、こちらは全員犯人を見たという。

 犯人の特徴を聞いても、誰も答えようとしない。口裏を合わせている訳でもないだろう。なぜだ。

 加納は、決まって彼らに同じ質問をした。

 

「なぜ、被害届を出さないのです?」

 

「キミは、子供の楽しみを奪いたいのか」

 

 答えは、いつもこうだった。

 少しの証拠も掴めないまま、年末になってしまった。

 足跡のない窃盗事件。二階から侵入している窃盗事件。一部が被害届を提出しない窃盗事件。加納は、こんな事件初めてだった。

 

 加納は、壁にかけてあるデジタル時計を見る。あっという間に、深夜であった。四桁の数字を見たあと、不意に下の日付が目が入る。十二月二五日。今日は、クリスマスだ。

 いつからだろう。クリスマスを娘と過ごさなくなったのは。加納は、急に罪悪感に苛まれた。今日は十分に働いた、と自分に言い聞かせ仕事を切り上げた。

 スーパーカブに乗って、加納は家に帰った。その途中、空に何かを見たような気がした。横に、すーっと飛んでいくような何かが。

 いよいよ、疲れでアタマが逝ってしまったか。加納は、自分の老いに失望した。

 三十分ほどで、娘が待つマンションへ着いた。待つとは言っても、娘は寝ているだろう。

 加納は家の扉に立ち、鍵を開ける。その瞬間、奥の部屋から風が吹き抜ける。寒い。いや、おかしい。娘は寒がりだから、部屋は閉め切ってるはずだ。

 誰かがいるのか……?

 しかし、そんなことはあるはずがない。なぜなら、ここは五階だ。オートロックで、セキリュティは強固なはずだ。ヒトが侵入できる訳がない。

 そんなことを考えると、奥の部屋から物音がするではないか。加納は、玄関で一気に警戒状態になる。

 誰かがいる。そう思った瞬間、加納は奥の部屋と駆け込んだ。娘が危ない。

 

 加納が奥の部屋に入ると、ひとりの大男が立っていた。真っ暗な部屋に、シルエットが浮かび上がる。

 巨漢。顔まわりは毛むくじゃら。暗闇から分かる、赤色のローブ。

 

「サンタクロース……?」

 

 加納は、思ったことを口にした。大男は、ゆっくりと加納の方を見た。そして、右手の人差し指を立て、唇にくっ付けた。娘を起こすまいとしているのだろうか。

 

「どうやって、この部屋に……」

 

 加納は、単純な疑問をぶつけた。そうすると、その大男は、開いている窓を指差す。その奥には、大きなソリと大量のプレゼントボックス。前には、トナカイが二頭。ソリもトナカイもホバークラフトのように浮いている。

 

「まさか、本当に……」

 

 本当にサンタクロースがいたなんて……加納は、頭を無理矢理働かせる。

 ふと、気づいた。サンタクロースが実在するなら、今までの窃盗事件は現実的となる。

 いや、サンタクロースしかなし得ない事件。

 

「私は、魔法使いではありません」

 

 サンタクロースが、不意に独り言を話す。

 

「だから、プレゼントを子どもたちにあげるにもお金が必要です」

 

 罪の告白。サンタクロースは、加納に自白したのだ。でも、なぜ加納が刑事だと知っているのだろうか。

 

「要望通り、プレゼントを届けるには、ヒトの心を読まなければ成り立ちませんよ」

 

 読心術。加納は、これを夢だと信じたかった。

 

「それでは……」

 

 そういうと、サンタクロースは窓を飛び越え、空に飛んでしまった。

 加納には、それが魔法なのかどうか区別が付かなかった。