ペンギンになって考える

イヌに喰われたペンギンの身にもなってみろ

人権

 真夏日の真昼間。国会議事堂の前で、デモ行進が起きた。

 

「私たちに人権を!」

 

 そう繰り返し叫びながら、大勢が一方向を向いて歩いている。まるで、なんかの仮装パレードのようだ。拡声器を使っては人権を求め、旗を振っては政府を非難している。

 かなりの規模感で、テレビ中継も行われた。テレビの前の国民も、目を見開き首を固定させ、テレビを見ていた。

 

 それが、人狼たちのデモ行進であったからだ。

 

 人狼が人間の前に現れたのは、つい一週間ほど前のことだった。人狼組合のトップだという者が、テレビに急遽出演した。

 

「我々は、隠れて生きてきました。我々も人間の一種です。テレビの前の皆さんと同じ人間の仲間です。我々にも真っ当に生きる権利があるでしょう。自由に行きたいのです。我々も」

 

 人狼のトップは、そう言った。しかし、大半の人間は人狼の存在自体を信じなかった。ただのエンターテイメントだと思っていたのだ。

 しかし、人狼を皮切りに人権を求め、デモ行進する者が増えていった。

 1ヶ月連続で行われていたデモ行進も、今では人狼だけではない。ドラキュラにろくろっ首。河童にフランケンシュタイン。その光景は、現代の百鬼夜行そのものだった。

 

 大統領は、悩んでいた。彼らが求めているのは、人権だ。人権を与えれば、参政権も付随する。ただでさえ政敵が多いのに、これ以上情勢を複雑にしたくなかった。彼らに人権は与えない。これが政府の見解だった。

 しかし、彼らの存在に否定的だった国民たちも、今では徐々に信じようとしている。それもそうだ。デモ行進に参加しているのは、数え切れないほどだったからだ。エンターテイメントにしては、規模が大きすぎる。

 救いだったのは、彼らが人間に対して友好的だったことだ。幸い、デモ行進のみで人間に危害を加えてこない。

 大統領は、さらに悩む。このままでは、人間の人権団体が黙っていない。彼らが騒げば、政府に批判的な意見も増えてくる。大統領は、どうにかして解決策を見出したかった。

 

 一人の大臣が、ある学者を連れてきた。人類生物学の権威である学者だ。彼もまた人権を獲得しようとする者たちへ批判的な立場であった。彼は、絶対的な保守派だったのだ。

 

「大統領は、なぜオラウータンに人権がないか、ご存知ですかな。オラウータンは人間にして四歳程度の知能を持っているという。だけど、オラウータンには人権がない。これは、人権というのが人格に対して与えられるのではなく、人種に与えられているからなのですよ」

 

 学者は、そう大統領に熱弁した。そして、学者はDNA解析を大統領に提言した。つまり、科学的に人間でないことを証明すれば良いということだ。

 すぐさま、大統領はデモ行進者たちにDNA解析を要求した。

 結果は、オラウータンよりも人間に近しい存在。つまり、デモ行進者を人間とは認めないという結論だった。

 この結果は、世界に衝撃を与えた。本当に、人狼や河童がいたことの証明にもなったからだ。

 

 大統領の安堵も束の間、今度はゾンビが人権を求めた。ゾンビは、元々人間だ。不幸なことに、DNA解析では人間と認めざる追えなかった。

 焦った学者は、大統領に提言する。

 

「死ぬときに、人権は神に返却するのだ。一度死んでいるゾンビたちに、人権は返ってこない」

 

 そっくりそのまま、大統領は国民の前で演説した。拍手を送る国民もいれば、その理論に懐疑的な国民もいた。

 政府は、そのままゾンビへの人権を認めることはなかった。

 

 しばらくして、透明人間が現れた。透明人間も驚くことに、DNA解析では人間判定だった。しかも、死んではいない。

 学者や大統領は、困り果てる。このまま、認めてしまえば、自分自身の立場が危うい。しかし、これ以上透明人間が人間でない証拠を提示することが難しかった。

 次第に、透明人間たちはメディアの露出を増やし、国民たちに訴えた。

 

「我々も人間です。ただ、個性的なだけだ。透明になれるという個性を持ってしまったが故に……テレビの前の皆さんも、個性をお持ちでしょう。それは我々と一緒なのです」

 

 そこまで聞くと、大統領はテレビを消した。

 国民、そして大統領すらも、人間とは何かが分からなくなっていた。そして、自分自身が人権が与えられるべき人種なのかも……