ペンギンになって考える

イヌに喰われたペンギンの身にもなってみろ

バスジャック

 動画共有サイトが、一般的になった現代。誰もが、エンターテイナーやジャーナリストになれた。

 自分の経験を共有し、上手くいけば対価も貰えるのだ。

 自分で作成した動画をサイトに共有する。再生回数を増やすことができれば、その分広告収入が入る。サイトでは、生中継することも出来た。そうすると、投げ銭システムでリアルタイムに収益を得ることができる。

 自分の経験が、カネになる時代。スマートフォンを持っていれば、誰もが動画を共有し収益を得ていた。

 

 ケイ氏は仕事を終え、帰路に就いていた。夜の十時半。辺りは真っ暗である。疲れで意識が朦朧としているケイ氏は、会社目の前からいつも通りバスに乗った。

 奥前で行き、最後列の五人用シートに腰をかける。この時間は、乗客も少ない。乗車しているのは、一人の女性だけだ。彼女は、ケイ氏よりも三列前に座っていた。

 ケイ氏の帰路は至ってシンプルである。二十分ほど乗車すれば、自身のマンションの目前に着く。

 その途中、ケイ氏は投稿動画の内容を考えていた。好きな釣りの様子を撮影し、動画を作成することがケイ氏の趣味であった。長いこと続けた趣味動画も、今では立派な収入源である。しかし、人気が出たからといって、ラクはしていられない。内容にエンターテイメント性がなければ、すぐに飽きられてしまう。ケイ氏は、副収入を絶やさないためにも動画を共有し続け、内容についても四六時中考えていた。

 

 バスが停留所に停まり、一人の男が乗車した。男は、運転席に近い一人用シートに腰をかける。

 再びバスは動き出し、ケイ氏はバスに揺られながらも思考を続けていた。

 しばらくして、あの男が立ち上がった。そして、運転席の横に移動し、ポケットからナイフを取り出した。その先端を運転手に突きつけて、男はこう叫んだ。

 

「そのまま、走り続けろ!」

 

 ケイ氏は、予期しない目覚ましが鳴ったかのように驚き、男を見る。派手な金髪アタマ。見た目は二十代前半だ。

 

「乗客も動くんじゃねえぞ」

 

 男は乗客二人に向かって、そう言った。ケイ氏の心臓が、異常をきたしたポンプのように速くなる。

 

「これは、バスジャックだ」

 

 その男のセリフに、ケイ氏は吐き気すらも覚えた。

 男は、ずっとナイフを運転手に突きつけている。ケイ氏は、動揺し続けている脳を落ち着かせ、深く呼吸をした。

 ふと、ケイ氏は思い付く。

 これは、動画のネタになるぞ。この様子を動画にすれば、知名度は上がるに違いない。知名度が上がれば、さらに収益は増し増しだ。通報は、運転手かもう一人の女性に任せよう。なるべく、長く撮らなければ……

 幸い、ケイ氏は最後尾に座っていた。バレないようにスマホを取り出し、カメラを男に向けた。

 

「これは、バズるな……」

 

 ケイ氏は、内心そう思っていた。

 

 三十分は走り続けただろうか。相変わらず、男は叫び続け、バスも走り続けている。

 そろそろ、警察が来てもおかしくない。ジャックされたときの対策として、運転席にはボタン一つで警察に連絡が行くようになっているはずである。しかも、バスはいつものルートをグルグルと回っているだけで、通報があれば直ぐに警察が駆けつけてくるだろう。

 

「チャンネル登録、十万人超えました!」

 

 急に、もう一人の乗客である女が大きな声でそう言った。男は驚き、女の方へ駆け寄る。女の手には、スマートフォンがあった。

 

「皆さん、本当にありがとうございます。緊急生放送。登録者数十万人超えるまで、バスジャックし続けてみた。楽しんでいただけましたでしょうか。それでは、また動画で会いましょう!」

 

 男は、女のスマートフォンに向かって笑みをこぼした。ケイ氏は二人をカメラに収めることを忘れ、ただ呆然としていた。

 二人は運転席に駆け寄り、お礼を言った。そうすると、路肩に停車し二人は降りていった。運転手が席を離れ、ケイ氏に近寄ってきた。

 

「お怪我は大丈夫でしたか」

 

 運転手が、ケイ氏にそう尋ねる。

 

「えぇ、大丈夫です。しかし、ビックリしました。まさか、撮影だったとは」

 

「私も、びっくりです。こんなことに巻き込まれるなんて……」

 

「運転手さんは知らなかったのですか?すっかり、彼らの仲間かと思っておりました。なんせ、警察も来ないのですから」

 

「仲間ではないです。しかし、通報はしていません……それを含め、謝りにきました」

 

「はて、どういうことでしょうか……」

 

 ケイ氏は、運転手をとぼけた顔で見ていた。運転手はケイ氏から視線を逸らし、申し訳なさそうに答えた。

 

「業務中の運転風景を撮影し、投稿するのが趣味でして……『バスジャックに巻き込まれた運転手の風景お見せします』なんて動画あげたら、閲覧数増えるかなと思いまして……」