ペンギンになって考える

イヌに喰われたペンギンの身にもなってみろ

賞金首

 嫌な時代になったものだ。ほとんどの仕事は機械に奪われ、職の選択肢が少なくなった。現金も滅多に使われることなく、目に見えない電子マネーの時代。我々、強盗を生業にしている者からしては、死活問題だった。

 SNSも普及し罪を犯せば、すぐに加害者の情報が世へ周る。それを利用し、政府は賞金首制度を導入した。逃亡犯の有力情報を入手し、政府作成のSNSに投稿する。その情報が、犯人確保に役立てば、賞金が貰えるのだ。

 そのおかげで、同業者も随分と減った。しかし、我々の軍団は辞める訳にもいかない。他の仕事ができないからだ。

 

「親分。今回は、この店が良さそうです」

 

 手下が、強盗に入る店を詮索する。条件としては、現金を扱い個人経営に限る。今の時代、銀行など襲うなど不可能だ。我々にも地道な成果や努力が求められているのだ。

 手下が目星を付けた店は、七十代の店主が一人で切切盛りしている居酒屋だった。郊外で、人も少ない。ここなら、強盗にもってこいだろう。

 

「よし、早速行こうじゃないか」

 

 私は手下たちに声をかけ、現地へと向かった。

 一軒家の様な居酒屋が、ぽつりと建っていた。ここに、客はやって来るのだろうか。事前情報によれば、毎日営業しているらしい。それならば、一定の客はいるはずだし、儲けもそれなりにあるはずだ。

 我々は、店の中へと入る。昔を感じるが、古すぎはしない店内。カウンターテーブルに椅子が三席のみ。店主はカウンター越しに立っていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店主はシワを寄せ、笑いながら我々に声をかけた。今から、カネを盗られると知らずに。

 我々は直ぐに作戦を実行しない。しばらく、料理を嗜むことにしている。賞金首制度が始まってからというものの、我々の顔は既に全国区に知れ渡っている。今更、顔を隠すことはしない。逆に、我々の犯行と知れ渡れば、首の額も上がるわけだ。賞金首たるもの、自身に掛けられた懸賞が高ければ高いほど、優越感に浸れるのだ。

 この店主である爺さんは、どうせ我々のことを知らない。あれは、SNSのみで展開されている情報だからだ。

 

「腹に溜まるものを頼むよ。だけども、酒は要らない。飯を食べたら、また仕事をしなければいけないからね」

 

 私は、そう店主に言った。そうでしたか、と店主は答え料理を作り始めた。包丁とまな板の擦れる音が響く。

 

「今どき、このような店も珍しい。我々は古い人間です。どうも、時代の流れについていけない」

 

「お客さんの歳くらいなら、まだ大丈夫でしょう。私なんて、もう七十を超えてますから。毎日、目紛しく変化する世の中についていくのに必死ですよ」

 

「無理して変化する必要もない。私は、この古き懐かしい店の雰囲気が好きだ。一部には、とてもウケるだろう」

 

 そりゃ、どうもと店主は答えた。実際、私はこの店の雰囲気が好きだった。今では、レストラン内でも機械が料理を作るのが主流だ。料理人は、機械に仕事を奪われないと言われていたが、そんなの嘘だった。

 ある意味、この店主と我々は似た者同士なのかもしれない。時代に取り残されながらも、自分なりに生きている。

 そんなことを考えていると、私は強盗する気にならなくなっていた。

 

「店主、やっぱり今日は呑むことにするよ。今日の仕事は辞めだ」

 

 横に居た手下たちは、驚いている。だが、そんな日もあって良かろう。

 

 酒が入ると、我々は大いに盛り上がった。流石は、個人経営の居酒屋だ。いい酒を知っている。

 二時間ほど経っただろうか。手下二人は既に爆睡していた。私は手下を起こし、会計を済ました。

 

「久しぶりに楽しかった。ありがとう」

 

 店主にそう言い、店を出ようとした。だが、扉が開かない。押しても引いても、ダメだ。開かない……

 

「お客さんと同じ職業の方は、よくこのお店に来られるんですよ。だから、なかなか電子マネーに移ることが出来ないんです」

 

 店主が、ニッコリと笑っている。俺の携帯していたナイフを持ちながら……いつの間に、ナイフを取られていたんだ……店主を殴ろうとしたが、チカラが入らない。クスリでも盛られたか……

 

「私、ずっと賞金稼ぎを生業にしているんですよ。良い時代になったもんだ。何もしなくても、情報が沢山入ってくる。時代の変化も捨てたものじゃ、ありませんねぇ」

 

 そう言って、店主はニッコリと笑った。時代の流れに乗った余裕の笑みだった。