ペンギンになって考える

イヌに喰われたペンギンの身にもなってみろ

密室の作り方

「あいつを……殺さなければ……」

 

 道平は、親戚を酷く憎んでいた。父の弟であるその親戚は、家族を破滅と追いやった。血が繋がっているからと言って、父からカネを掠め取り、また無くなれば掠め取る。

 そのカネがギャンブルに吸い込まれていると知ったときには、父は死に、母は病に伏せていた。大学生であった道平は学校を辞め、辛うじてアルバイトで生活をしている。

 あの親戚を殺さなければ、道平は気が済まないのだ。

 

 だが、道平は親戚の殺し方を思いつかない。当然ながら、殺人については素人なのだ。殺人についての専門家がいればいいのだが……

 道平はそんなことを考えていると、ひとりの男を思いついた。学生時代に所属していたミステリー小説サークル。その中でも、特質的な変人。

 

「大貫か……」

 

 思い立ったら吉日。道平は、大貫に電話をかける。執筆のためなら、授業をサボるくらいだ。どうせ、この時間もトリックを生み出すのに苦労しているはずだ。

 長めの着信音が鳴ったあと、大貫の声がスマホから聞こえた。

 

「どうしたんだ、道平。キミから電話なんて、久しぶりだね」

 

 大貫とは、昔から仲良かった。道平と大貫は、親友だったのだ。しかし、学校を辞めてからというものの、道平は連絡できずにいた。

 

「親戚でも、殺したくなったかい」

 

 久しぶりの後続が、この言葉とは大貫らしい。この察しの良さは、度々道平を救ってきた。

 

「……現実的な殺人方法を知らないか」

 

 道平は、少し誤魔化しながら答えた。

 

「僕に相談するということは、誰にもバレたくないんだろう。キミには、養うべきヒトもいるからね。それを比べれば多少リスクが大きいような気がする……」

 

 大貫は独り言のように、話している。

 

「だが、まあ良いだろ。以前、キミにはチカラを貸すと約束したからね。殺し方か……まあ、密室だろうな」

 

「密室か。部屋に閉じ込めてしまうのが、一番簡単でいいよな」

 

「ダメだ。華がない。某有名な漫画では、密室を作るのにカセットテープとボールペンを用いた。このように、奇想天外なトリックが欲しいんだよ」

 

「華がないって……おれは、殺せればいいんだ」

 

「華があるってことは、バレないことにも繋がるんだぞ。あんな親戚が死んだら、まず疑われるのはキミだろう。だからこそ、トリックに華が必要だ。留置所に行かないためにもね」

 

 大貫の話にも、一理ある。サークル屈指の実力派のチカラを借りれば、捕まらずに済むかもしれない。道平は、そう思ってた。

 

「キミ、特殊性癖は?生足やパンプスが大好きとか。看護師の鎖骨に萌えるとか」

 

「あるわけないだろ!!」

 

「まあ、無いほうがいいな。あれは、猟奇的で面白いのだが、諸刃の剣だ」

 

「おい、大貫!俺は、お前の小説の手伝いをしてるわけじゃないんだぞ。真面目に考えてくれ」

 

 道平は、少し苛立った。しかし、そのすぐに自分の立場を理解し静かになった。今は、大貫を頼るしかない。

 

「なるほど……王道でも良いわけか」

 

 少しの静黙の後、大貫はそう言った。

 

「キミも合宿に来ないか?僕の親戚所有の無人島で執筆合宿をやるんだ。そこで、方法については話し合おう。もちろん二人っきりで、だが…」

 

 執筆合宿。懐かしい響きだ。

 ユリコが亡くなって以来、はじめての開催だ。

 道平がまだ学生だったころ、事件は起きた。サークルの飲み会中、急性アルコール中毒でユリコが死んだ。

 大貫は、ユリコと仲が良かった。しかし、その当日は所用で参加していない。大貫の絶望した姿を、今でも道平は忘れられなかった。

 あれは、事故だ。仕方がない。道平は、自分にそう言い聞かせた。

 親戚所有の無人島は、もちろん電波が届かない。ただ一つの館には個室もあって、そこで執筆に集中する。いかにも、誰かが殺されそうなシチュエーションだ。

 

「分かった。久しぶりに参加してみようかな……」

 

 道平は、そこに行ったことがあった。以前のサークルメンバーに会えるのも、楽しみだ。

 なによりも嬉しいのは、ユリコの死から大貫が前向きになれていることだった。

 そこから、少し思い出話に二人は浸っていた。

 

「また詳細が決まったら、連絡する」

 

「ありがとう、大貫。俺は、お前に感謝してもしきれないな」

 

「まだ実行もしてないのに、辞めてくれ」

 

 大貫は、笑いながら電話を切った。そして、スマホを机に置いて、こう呟いた。

 

「さぁ、王道ミステリーの始まりだ。僕は、キミたちを許さない。大事なユリコを殺したキミたちを……」

 

 大貫の前には、館の間取りが広がっていた。