ペンギンになって考える

イヌに喰われたペンギンの身にもなってみろ

識別

 巨人に支配された世界。

 人類は巨人を駆逐すべく、日々奮闘していた。

 ある日、生物学の巨匠でもある博士Aが会見を開くという。人類を救うべきテクノロジーが、発表されるとして人々は大きな期待を寄せた。メディアも総動員で、会見に臨んだ。

 

「我々、〇〇大学研究チームは人類の希望となる技術の開発に成功しました」

 

 博士Aは、そう言った。その直後に、会場は響めき拍手の嵐となる。人々の予想通りだ。生中継も行われ、テレビの前でも拍手が起きた。

 

「私たちは、人間の血液からクローンを生成することに成功したのです」

 

 博士は、ツラツラと研究背景や成果を述べた。

 一般的に、クローンには体細胞が用いられる。無性生殖であるから、同じ遺伝情報を持つ。そのため、元の個体と全く同様な見た目で、新たな個体が生成されるのだ。

 博士が言うには、血液を用いれば大量かつ迅速にクローン生成が出来るらしい。細かな技術等に関しては、企業秘密的なところがあるので教えてくれなかった。

 博士の考えた得策とは、戦闘に備えて頭数を増やすことだった。ある意味、非人道的ではある。クローンであれば、その命は軽視できると考えているようだ。

 これは、人権団体が黙っていないぞ。しかしその一方で、そんなことも言ってられないのも事実だった。

 巨人は、人類の生活圏へ侵蝕し続けている。人間の十倍以上もの、背丈がある。その分、多くの住処が必要なのだ。あと五年もすれば、人類の住処は三割以下になるという報告もあった。

 巨人は、突然現れた。その起源を、未だに人類は解き明かせずにいる。

 もう時間は、ないのだ。だから皆、博士Aの会見に関心を寄せていたのである。

 

 博士が一通り説明を終えた。記者団の質問時間が始まる。

 

「博士、なぜクローンなのでしょうか。我々人類は、一致団結して戦ってまいりました。しかし現状は、何も変わっておりません。あんなにも、世界各国から動員したのにも関わらず……」

 

 確かに、巨人が出没してからは世界が一致団結した。各国の軍隊が国連軍に加入し、世界で唯一の対巨人用の軍隊を作り上げたのだ。

 しかし、その団結も虚しいものだった。何も成果を得られず、悪戯にヒトが亡くなった。百万を超えたとき、人類はその数を数えるのを辞めてしまった。

 

「今さら、動員数を増やしたところで何の意味があるのでしょうか……」

 

 記者は、そう最後に付け足して質問を終えた。会見場の空気が、一気に重くなる。クローンと聞いて、その記者は絶望したのかもしれない。いや、大多数が同じ気持ち、同じ疑問を持っているはずだ。

 

「良い質問です」

 

 博士は、笑った。まるで、その質問を待っていたかのように。

 

「動員数を増やすのは、真の目的ではありません。我々は、巨人を混乱させることが目的なのです」

 

 巨人を混乱させる。どういうことなのだろうか。

 

「巨人は、人類と同様な感情を持っているとの報告があります。つまり、巨人も恐怖を感じるということです。恐怖感情を用いれば、巨人を混乱させることも可能でしょう。その隙に、我々は攻撃を仕掛けるのです」

 

 博士Aは、得意顔で説明を続ける。

 

「人間は、恐怖を抱くとパフォーマンスが十分の一以下になると言われております。つまり、人間と同様の感情を持っている巨人にも言えることなのです」

 

 巨人に恐怖を抱かせることで、行動能力を落とさせる。巨人は、つむじが弱点だ。動きを鈍らせれば、そのつむじを狙うことは簡単になる。恐怖は巨人を駆逐するのに、持ってこいということか。

 

「クローン。すなわち、同じ個体が目の前に現れたらどうでしょう。しかも、大量にだ。実証実験を行ったところ、人類はクローンに対して恐怖を覚えることが判明しました。つまり……」

 

 そこまで、博士Aが言うと会場は再び拍手の嵐に包まれた。人間がクローンに対して恐怖を覚えるなら、巨人も同様に決まっている。人類は、小さいかもしれないが新たな希望が生まれたと確信していた。ただ、一人を除いては。

 

「その作戦に、効果はないだろう」

 

 宿敵でもある博士Bが、立ち上がってそう言った。

 会場が、どよめく。

 

「だって、キミたちは蟻んこの識別が出来るのか?蟻んこが、同じ顔かどうかなんて気にしたことなかったろう」