駐車場の幽霊
我々、都内新聞社心霊班は、ある駐車場への突撃を試みた。女の幽霊が出るらしい。
「先輩、本当に幽霊出るのでしょうか。調べたところ、あの駐車場には何も曰くがありません」
「心配するな!今度は、絶対出る。何百人の読者から、そう投稿があったんだからな」
嘘をウソと楽しめなくなった時代。我々もネタ探しに命を懸けていた。
何も曰くもない駐車場に女幽霊は出るのだろうか。
いた。ヤツは、確かにいた。パーキングブロックの間に、俯きながら立っていた。
「やりましたね!あの立ち方、理想的なものですよ」
「これで、更に昇進できるぞ!おれは!」
二人は興奮しながらも、女幽霊に近づいていく。
透けてるような、透けてないような。腰まである、長髪。前髪で、口元しか見えない。正に、教科書通りの女幽霊。
「あのー、新聞の者なのですが……取材よろしいでしょうか?」
若い男が、女幽霊に話しかけた。返事は返ってこない。しばらくアイスブレイクを試みたが、全くもってダメ。読者からの質問も用意してるのに……
二人は次第に苛立ってくる。
「おい!あんた、さっきから聞いてるのか!黙って突っ立てるだけで!おれの昇進は、あんたに賭かってんだよ!」
初老の男が、そう恐喝しながら女幽霊の腕を掴もうとした。そのときだった。
ギェェェェェェェーー!!!!
トラックが急ブレーキを踏むような音。女幽霊は、大きく口を開けて咆哮した。
二人は、尻もちをつく。そして、我先にと駐車場から離れていった。
後日、二人は幽霊専門家を訪ねた。恐怖に慄き、しばらく寝れなかった二人だったが、仕方ない。昇進のためだ。
「バカもん!幽霊とて、相手は女性だ!丁重に扱わなきゃいかん!」
いい歳の大人二人が、肩を並べて怒られた。三時間説教を食らった後、何の情報も得られなかった。
もう二人の知恵を絞って、取材するしかなかった。
もう一度、あの駐車場へ行こう。二人は、そう決心した。
深夜二時。辺りは暗い。前回同様教科書通りなら、この時間に出没するはずだ。
しかし、推測は外れた。前回の女幽霊出没スポットに、クルマが停まっているではないか。
だか、二人は諦めなかった。スポットの張込みを続ける。たとえ深夜二時とて、昇進のためなら何でもしてやろうじゃないか。
しかし、その意気込みも意味もなく、クルマに動きがあった。縦スライドに、扉が開く。ヒトが乗っていたのだ。
クルマから出てきたのは……
白髪の天然パーマ。白衣を羽織っていて、ガリガリ。そして、五十を過ぎてるであろう老け顔。
正に、教科書通りの博士だ。
その博士はというと、クルマから降りて何か作業をしている。
「あのオヤジ、怪しいな」
「えぇ、あの博士みたいなヒトが何か知ってるかもしれませんよ」
そこで、二人は博士に駆け寄った。博士は、驚いた顔で二人を見る。
「何をしてるんですか!あなたは!」
「ややっ!私の世紀の大発明を、見届けに来たのだな!」
答え方も、教科書通り。博士は、自分の発明を見せたがるものだ。
「博士!何を見せてくれるのでしょうか!」
若い男は、思わず博士と言ってしまった。
「対人間用のカカシじゃよ!」
博士は、嬉しさと興奮で今にも爆発しそうだった。
「最近はな。クルマ需要が高すぎて、中々駐車場に停められん。そこで思い付いたのが、対人間用のカカシじゃ」
流れるように、博士は話す。もはや、ラジオパーソナリティよりも流暢だ。だが、二人はもう話が見えてしまった。落胆したが、これはこれでネタになるかもしれないと、初老の男が考えていた。
博士は、まだ一人で喋っている。自分の生い立ち。出会いと別れ。全て話す気だ。
「そこで、対人間用のカカシとして絶好なのが……」
その言葉を聞いた瞬間、二人は顔を見合わせた。そして、二人揃って博士に言ってやった。
「女幽霊!」
博士は、一番おいしいところ取られたと言わんばかりに、しょんぼりとしている。下を向いて、黙ってしまった。
女幽霊が作り物なら、色々と納得がいった。曰くがない駐車場に出没するのも、教科書通りな見た目なことも。触ろうとしたら、防御機能が働くことも合点がいく。
クヨクヨする必要はない。心霊現象を発明する博士。これも立派な昇進材料だ。
あとは、博士と交渉して取材をするだけだった。
「博士!あなたは、すごい!もう既に何百という人々が騙されています。博士の発明品は、すごい効果だ」
初老の男は、博士をヨイショした。博士は、一瞬嬉しそうな顔をして、こちらを見た。しかし、すぐに真顔になってしまった。
「何を言ってるんだ、キミは。これを完成させたのは、ついさっきのことじゃが……」
二人は、またしばらく眠りにつくことができなかった。